型を抜く、人が継ぐ 〜 抜き型の現場を訪ねて。

型を抜く、人が継ぐ 〜 抜き型の現場を訪ねて。

公開日 : 2025/09/26

 

型を抜く、人が継ぐ

抜き型の現場を訪ねて。

 

ものづくりの技術はたちどころに進化します。一方で、なくなりゆく技術もあまたあり、私たちがそこに郷愁を覚えたり、残して欲しいと惜しんだりするのは簡単です。しかし現場の当人にとってその采配は、一筋縄ではいきません。どのタイミングで、どの機械や設備を導入するか。何を残し、何を変えるか。時代という先の見えない藪の道を歩く決断は、自分でしなければなりません。

「今年の9月で、60年以上働いてくれた火造りの職人が退職することになりました

そう淡々とした口調で教えてくれたのは、岩田直一さん。昭和2年(1927年)に創業した「岩田屋工具店」の3代目です。

 

「火造り」とは、革を抜くための刃型のこと。鋼材を曲げて、研削、刃を付け、焼き入れをする製法で、強度・精度ともに高く、寿命も長い。しかしハンドメイドで熟練の技が必要な分、高価で納期もかからざるを得ず、そのため現在は「スウェーデン鋼」と呼ばれる、あらかじめ焼き入れされた鋼材を曲げて形にする刃型に、ほぼ移行しています。

それでも今日までやり遂げられたのは、2代目の岩田直治さんがいたからに他なりません

 

 

「岩田屋工具店」が約100年続いた理由。

直治さんは、当時を懐かしむように当時のことを話してくれます。

「このあたり20数社ほどの刃型の組合がありますけど、うちは昔からちょっと変わった立場でして。刃型も工具も、自分たちで作って売ってますから」

そう「岩田屋工具店」は、抜き型を作る工場であると同時に、職人さん向けの工具を製造・販売する小売店でもあります。

「結局、あの当時の革ものは、ほとんどが手作業でありましたから。ミシンじゃなくて手縫いなんですね。なので職人さんがたくさんいまして、工具を買いにくるわけです」

 

厚みある皮を、縫ったり削ったり。加工に適した特殊な道具で、かつすぐに壊れたり、折れたりしない丈夫さが求められる。しかも裏に工場があるので、修理もすぐに承ってくれる。

「お客さんの要望がすぐ、直に聞けましたから。それがまぁ強いといいますか。それこそ、今だに戦前の品物の修理をお持ちになるお客さんがいますからね。40年も50年も、使い続けてるわけですよ。職人さんは道具を大事に使うから。でもね……」

いつもニコニコと笑顔で答えてくれる直一さんが、やや寂しそうな表情になります。

「職人さんがいなくなっちゃったんですよ。どんどん辞めちゃいましてね。だからこの先は、どういうことになるかなぁ。いつまでできるかわかりませんけれども」

ただ同時に刃型製作において、創業当初は警察や自衛隊関連の装備品、戦時中においては軍需品。そして戦後は、靴やカバンなどの革製品用の抜き型製造に移行。時代に合わせて、その時々の需要に柔軟に対応していました。

RENとの出会いも、それゆえに生まれました。

 

自然の素材だから、
人が介在する余地がある。

お店の裏にある、工場のようすをのぞかせてもらいました。一時は多くの職人さんを抱え、長年さまざまな需要に応えてきた話をうかがったあとだと、思いの外こぢんまりとした印象。しかもかなり年季の入った機械で占められています。

「こういう革の抜き型は、実際にはそんなに機械化されてないんですよ」

同じ刃型でも段ボール用などの紙器は「ビク型」といい、木や樹脂に埋め込んで自動で曲げ、レーザーカットではめ込むようなタイプもあるものの、革の刃型は火造りであれ、スウェーデン鋼であれ「型紙に合わせて曲げて、作るという」いたってアナログな工法が、今なお続いています。

 

「ビク型は木に刃が埋まっているので、RENさんのような革のバッグを作るような場合、傷が見えない。比べてうちが作るような抜き型は、抜き屋たちが、革を見ながら丁寧に裁断をして、組み立ててるんです」

型紙を作る人、型紙の通りに抜き型を作る人、抜き型の通りに革に抜く人、抜かれた革のパーツを集めて縫製する人。そうした人と人のバトンによって、ひとつの製品ができあがっていくのです。

「自動裁断みたいな機械もあって、10年前くらい前には、とって代わられちゃうんじゃないかって話もありましたし、大きいメーカーさんの中には採用してるところもあります。ただこれも、人工皮革だとできるんですけど、天然皮革だとどうしても難しい。あとはやっぱり、小回りが効くよさもありますよね。たとえば素材の取り都合で『もう2枚足りない』となれば、いちいち機械を呼び起こさなくても、スポンと抜けばいい。時間も早い。自然の素材だから、人が介在する余地があるんだと思います」

 

「ところでRENさんとは、面識のない時から『型紙が上手だな』と思ってたんです」

やにわに、直一さんが気になることを話してくれました。

 

「実は柳本社長がパターンの修行をされていたところと、うちが取引あったんですよ。その時から型紙がすごく上手で、きちっと左右合わせて、RはきちっとR、直線はきちっと直線なので、やりやすいなと思ってました」

 

その後、RENとの付き合いが始まり、型紙を見て「あの時の人だ!」と気付いたようなのです。

「今も社長が型紙を切るものもありますし、工場さんが切るものもありますけど、おふたりとも上手なので、うちとしてはRENさんの仕事は、型紙通りやれば間違いない。信頼しています」

私たちももちろん「岩田屋工具店」さんには、絶大な信頼と尊敬を寄せています。そして入谷はRENの拠点のある蔵前と近いこともあり、どこか親近感もあるのでした。

RENのものづくりにおける抜き型は、いわばもの作りの大切な過程のひとつです。とくに財布などパーツの多いものとなるとなおのこと、クオリティに影響を及ぼします。直接のやりとりこそ少ないものの、かけがえのないパートナーです。

 

 

やらないと心残りが、
やると心の豊かさがある。

2代目の岩田直治さんがご高齢により勇退、3代目の直一さんが30年以上。そんな中、息子の知大さんが2年前に継ぐことになりました。朗報です。

 

「その前は靴の小売店で働いていて、会社のなかで役職もついたんですけど、それよりもこっちのほうが、心の豊かさがある。やらないでこのまま会社がなくなってしまうほうが、心残りがありそうで」

「それは、30年前に僕も思いました」と直一さんが続けます。

 

「まわりが就職活動する中で、会社を継ぐのを選んだのは、責任というか……ですね。これで僕が就職してしまったら、岩田屋工具店は10年以上前にはなくなっていたと思うんです」

まさに綱渡りのように、たったひとりの「続ける」という決断が、ひとつの伝統を守ることにつながる。直一さんは言います。

「まぁ職人の伝統というんでしょうかね。親父が作ってきた火造りの刃型に関して、今になって感謝されるというか。やっていてくれて、ありがたいと言われることが多くなりました」

とはいえ火造りに拘泥することなく、直一さんがスウェーデン鋼に舵を切ったからこそ、知大さんにバトンを渡せた。ひとつひとつの選択を、見誤らないように。慎重に。

RENのもの作りも、すべてがずっと安泰ではありません。ひとつの工程が欠けても難しくなる。だからこそ「ある」「できる」ことに、心から感謝したいのです。

 

 

 

(有)岩田屋工具店

〒110-0004 東京都台東区下谷2-7-1
TEL03-3872-0325 FAX03-3872-1578

HP : http://www.iwataya-kouguten.jp

instagram : @iwataya_kouguten

 

左から、岩田直一さん、直治さん、知大さん

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