公開日 : 2026/11/04
〈interview〉
あのひと、にあう革。
〜大人のささやかな正装「キーマージウォレット」〜
「30代を迎えて大人になっていくなかで『お店でお金を払う』という行為自体が、どこか自分にとって『ささやかな正装』のように思えてきて」

建築家として、さまざまな地をめぐり生きる林泰佑さんの言葉が、とても胸に響きました。確かに今は『お金を払う』ことのみならず、すべての機能がスマホの中に収まり、目に見えないデータでやりとりされる時代。
もはやこの先、財布は必要なくなるのかもしれない。
そんななか、若くも深い知性と感性を持つ彼の言葉が、ゆりもどしの美しい価値を示してくれました。そして思ったのです。RENのプロダクトがそんな『ささやかな正装』として、ふさわしいものでありたいと。

このキーマージウォレット、実は林さんとRENのスタッフがとあるバーで出会い、雑談をしていた時。「鍵とカードとお札が入って、ひとつで持ち歩ける財布が欲しい」と、何気なく話したことから始まりました。

実はそれまでも、キーケースと財布が融合したコンパクトな形を8年ほど愛用していた林さん。建築の世界でいう「中間領域」に興味があった彼にとって、ふたつの機能が合体した道具は、ごく自然な選択でした。
「ただ鍵をまとめるだけじゃなくて、手元でちゃんと『財布』としての表情を見せてくれるものが欲しくなったんです」
しかし、いざ制作に入ると試作は難航します。キーケース寄りの細長さに仕立てるとコインが入らず、全体のつじつまが合わなくなる。スナップの位置を何度もミリ単位で調整し、試行錯誤を繰り返した末に辿り着いたのが、この「財布の佇まいを持った形」でした。

「運転免許証も身分証もクレジットカードも、鍵もお金もここに入ってる。全部が入っているからこそ無くさないし、出かけるときもこれひとつ持っていけばいい。手に馴染む感覚も含めて、すごくしっくりきています」
貴重品が詰まっているからこそ、自然と定位置が決まり、どこへ行くにもこれひとつで、大切に持ち歩くことができる。
![]() |
![]() |
「それに革のいいところは、雑に使えるところでもあるんですよね。丁寧にケアをするのももちろん良いけれど、日々のちょっとした傷や油染みがついても、それがそのまま『味』になって残ってくれる。神経質になりすぎず、自分と一緒に育っていく過程が好きなんです」
自然と解像度を上げて向きあう
彼が道具の経年変化や佇まいに惹かれる背景には、これまでの歩みと暮らしの根底にある「自然」への眼差しがあります。

幼少期から学生時代を過ごした北海道、大学院時代に休学して渡ったフィンランド。北国の澄んだ空気や森の景色のなかで過ごした時間は、彼の中に「自然への敬意を持つ」という、揺るぎない軸をつくりました。
「常に生活の中に自然を取り込みたい、という気持ちがあるんです」

そんな彼をいま夢中にさせているのが、ビカクシダなどの着生植物。
「シダ植物って、野生では木に着生して、雨水を蓄える貯水量と光合成をする胞子葉があって、それぞれ役割が違う。樹皮につけることでより自然と近くなるし、熱帯系の造形自体もかっこいい。光の当て方とか仕立て方で、形が変わるんです」

最初は普通の植物から入ったものの、ホームセンターやお店だと種類が決まってくる。
「こいつらの何が面白いかって、原種が18種類いて、胞子を掛け合わせて、新しい形をつくれるところ。ただ見ていて気持ちいいだけじゃない、自分も関われる『クリエイティブよりの自然』なんですよね」

「自然が気持ちいい」を解像度を上げて見つめ直してみると、その楽しみ方は、もっと深い。
北海道や北欧での実習や暮らしのなかで肌で感じてきた、木や素材の美しさ。自ら手を動かして植物の新しい造形を生み出していくこと。 そして建築家として、素材や空間に向きあうこと。

「どれが一番とかはなくて、自分の中に『自然』という一本の軸があって。その中で体験することや、自分でクリエイティブすることが、全部『串刺し』になっているんです」
自然を取り込みながら、感度高く暮らしと向きあう。植物を仕立てるように、革を使い込んで育てていく。 そんな彼の思考がひとつの道具から、確かに息づいています。

関連コラム
道具から見た、ものづくりの出発点。

