公開日:2025/02/28
〈interview〉
ものづくりの風景
陶芸家 室井夏実さん
ものを作って売って生きていく
サラリーマンの父と教員の母のもと、栃木県で生まれ育ったという室井さん。幼い頃から「何かを作って売って生計を立てたい、ということしかなぜか考えていなかった」という一言がこぼれ落ちました。
「作家として有名になりたい訳でもなく、ものを作って売って代価をもらうという、そのシンプルな流れの中にとにかく身を置きたいなとずっと思っていて。幼稚園で『将来の夢は?』と聞かれた時に、具体的な職業で答えられなかったことをよく覚えています」

中高生になると絵画教室に通ったり、日常的に編み物もしていたものの、進学先は京都にある美大の陶芸学科を選択。ものづくりの中でも“陶芸”に惹かれたのは、「彫刻や絵画のように飾る物ではなく、たぶん生活の中で“使える”物が作りたかったから」と語る室井さん。
大学卒業後は沖縄へ移住し、陶芸に加えて、ずっと興味のあった染織にも携われる環境で働いていました。そして転機が訪れたのは、やきもので有名な益子へ帰省がてら立ち寄った際のこと。たまたま出会った同じ大学出身の作家さんが、「うちにおいでよ」と声をかけてくださったのだそうです。それをきっかけに地元栃木へ戻り、約2年の修行を積み、独立して今に至ります。

現在は、自宅の庭にある小屋と作業場で制作に励む日々。自然豊かな立地で、森の入り口につづく林に面していることもあり、毎朝鳥の声で目が覚め、近所をタヌキが通り過ぎ —— どこかの物語でしか聞いたことのないようなワンシーンも日常茶飯事のようです。
「実際はすごく騒がしいですし、そんなに優雅なものではありませんよ。普段作業中は、人のおしゃべりを聞いているとなんだか捗るので、ずっとラジオやポッドキャストを流しています。ラジオ相手によく相槌を打ったり話しかけちゃったりして」

恩師のことを今でも思い出す
「性格的にも技術的にも、“ずっと同じ物を均一に作り続ける”ことは向いていないんですよね。そういった作風に憧れを持っていた時期ももちろんありましたが、周りの人が『らしくないよ』と言ってくれたり、自分には不向きだという現実に学生の頃にはもう気付きつつありました。なので今こうして作っている器の表情や形がそれぞれ違っても、『手仕事ならではの魅力ってことで、もう勘弁してください…!』という気持ちで。作品を手に取ってくださる方との出会いには本当に感謝しています」
制作中は、大学でお世話になった恩師のことを今でも思い出すのだそうです。「最近はなかなかお会いできていないのですが、『先生に見てもらいたいな』『なんて評価するかな』ってよく想像するんです」とにこやかに話されていたことが印象深く、すてきな師弟関係を垣間見させていただきました。

なぜか「力が抜ける」と言われることが多い
生活の中に、ちょっとでもニコッとできる時間を届けられたら。そんな想いを込めてものづくりを続ける中で、実際に作品を持っている友人やお客様から「思わずカップに話しかけちゃいます」「お皿洗いの時間が楽しくて」などとご連絡をいただくこともあるそうです。
「『見ているうちに泣いちゃいました』って感想をもらった時はすごくびっくりしました。知らないだけで、実はがんばっている人って周りにたくさんいますよね。心配になっちゃうくらいに。私の作品って『力が抜ける』と言ってもらえることがなぜか多いのですが、本当に嬉しい限りです。そんなお褒めの言葉をいただけるなんて思ってもみなかった」
ご自身を“飽き性”と評し、およそ年単位で作りたい物が変わっていくという室井さん(最新シリーズは珍しく長続きしているほうなのだとか)。涙する人がいるほど魅力的な作品のアイデアは一体いつ思いつくのか?と尋ねたところ、「頭のどこかにずっと新しい作品のことが居座っていて、考え続けて1年くらい経った頃、お風呂やトイレなどで不意に出てくる」という答えが返ってきて妙に納得しました。そうして室井さん自身がふと気を抜いた瞬間に生まれてきたものだからこそ、計算外の、見た人を脱力させるなにかが作品に宿っているのかもしれません。

2024年を振り返ると、これまで以上に海外からの注文や個展のお誘いをいただく機会が多く、とても刺激的な1年だったそうです。2025年は大好きな韓国のギャラリーでの個展も決定しており、「ぜひ現地を訪問して無駄に長期滞在してみたい」との意気込みを最後に語ってくださった室井さん。お仕事の話から好きなもののことまでたっぷり聞かせていただき、終始笑みの絶えない取材となりました。
-PROFILE-
室井 夏実
陶芸家。暮らしの中のささやかなワンシーンを切り取り、ユーモアたっぷりにイラストや陶芸作品で表現。見る人をクスッと笑顔にさせる独自の世界観が、国内外のファンから根強い人気を集めています。
Instagram:https://www.instagram.com/natsumi_muroi
BACK 1/2 ー キャニスターボトルのある風景
「ものを作って売って生きていく」
関連記事
〈カタチのこと〉キャニスターボトルとスティルの関係